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歴史探訪
 

良寛ゆかりの地 国上山周辺

訪問した人
佐渡汽船株式会社
情報システム部 江口 工さん

[写真]国上寺本堂をバックに立つ江口さん
国上寺本堂をバックに立つ江口さん。本堂をはじめとする現在の伽藍(がらん)は1718年に再建された

 あいにくの雨でしたが、それが良寛さんの過ごしたゆかりの地の侘(わ)びと寂(さび)の趣をいっそう深くします。今回訪れたのは新潟市中心部から南西部へ電車と車で約1時間半、霊峰弥彦山に連なる標高313.2mの国上山。山中には和銅2年(709年)開山の新潟県内最古の名刹、真言宗豊山派の国上寺があります。本堂をはじめ客殿、六角堂など周囲の建物や境内にも歴史の重みと風格が感じられます。「厄年なので新年のお参りに続き、良い厄除け参りができました」と合掌にも真剣さがこもっていたのは、佐渡汽船株式会社情報システム部主任の江口さん。

 厳しい修行を終えて帰郷した良寛さんが托鉢の暮らしを続けながら過ごした五合庵は国上寺の境内、本堂から山道を下ってすぐのところにあります。間口2間の茅葺の草庵の縁側にたたずむ江口さんは「ある程度の年齢になると、多忙な日常を離れ、こうした静寂な雰囲気に心も洗われるような気がしますね」と語ります。五合庵の近くには、やはり良寛さんが晩年を過ごした乙子神社草庵もあります。

 五合庵から朝日山展望台へ向かう途中にある全長124mの千眼堂吊橋を渡り展望台へ登ると、新潟平野や信濃川・大河津分水路など雄大な景観が楽しめます。公園には「良寛さんと毬」と題する良寛さんが4人の童と遊ぶ銅像があります。「この像こそ、われわれの抱いている良寛さんのイメージですね。佐渡出身の私は、良寛さんのお母さんが佐渡の出ということは知っていましたが、こうして良寛さんゆかりの地を訪ねたのは初めてのこと。改めて新潟の良き一面を知ることができました。」

(2007年5月11日掲載)

良寛一口メモ

写真
真紅の千眼堂吊橋。秋には国上山全山の紅葉が楽しめる

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 良寛さん(1758年〜1831年)は、越後の国出雲崎(現、新潟県三島郡出雲崎町)の名主・山本家に生まれました。18歳で出家、22歳で剃髪し、国仙和尚の徳を慕い岡山県玉島の円通寺で修行。諸国を巡り、48歳のとき故郷の越後に戻り、蒲原郡国上村(現、燕市)の国上山(くにがみやま)の国上寺(こくじょうじ)の五合庵(ごごうあん)と乙子神社(おとごじんじゃ)境内の草庵に併せて20年間住んだと伝えられています。

 歌人、俳人、漢詩人、書家としても有名ですが、国上山に続いて訪ねた分水町良寛史料館には、良寛さんの書だけでなく、親交の深かった解良家や阿部家に伝わる貴重な遺墨や、良寛さんを敬愛する著名人の書や山水画が展示されています。絵本や童話の世界で、子供たちと手毬や隠れん坊で遊ぶ姿が取り上げられた良寛さんは、生涯無欲で質素な生活を貫き、わかりやすい言葉で仏法を説いて庶民に心から慕われました。良寛さんは、今もなお日本人の心の中に生き続けているのです。


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