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秘伝のサイバー捜査術

Episode II 土俵際に立つな

京都府警や警察庁でサイバー犯罪捜査を先頭で切り開いてきたNECサイバーセキュリティ戦略本部 木村公也が、警察官時代の捜査経験をもとにコラムを執筆。
捜査官目線でサイバー犯罪の現場に迫ります。(物語はフィクションです。)

1. ID屋

サイバー空間にはID屋なる者が暗躍している。ID屋とは、他人のIDを密売している輩(やから)だ。それは、犯罪者が身を隠すためのツールとして使用される。犯罪が発覚すれば、警察では真っ先に犯行に使用されたIDを照会する。ただ犯罪者は、そんな当たり前の捜査手法は知り尽くしている。彼らは捜査が自分の身辺に及ばないように、あらかじめID屋から他人の「IDとパスワード」を入手し、他人になりすましてから犯行に及ぶのだ。

ID屋は、IDの他に他人名義の預金通帳も密売していることが多い。犯罪を助長し、犯罪者を支援するという意味では、ID屋は「犯罪インフラ」の一種であると言える。いくら犯罪を検挙しても、犯罪インフラを摘発しない限り、犯人の首がすげ変わるだけだ。犯罪インフラを利用して、次々と新たな犯罪者が生まれ続けるのだ。

注意すべきポイント

  • 犯罪インフラ
    犯罪を助長したり、容易にする基盤をいい、その行為自体が犯罪となるもののほか、それ自体は合法であっても、犯罪を容易にするための道具を提供する行為などがある。
    インターネット上では多くの犯罪支援グッズが密売されているが犯人のサイトには、「犯罪には決して利用しないでください」などと、背後責任を逃れようとするための文言が掲載されている場合もある。

ある日、室長に呼ばれた。室長は退職間際に刑事部から配属された、いわば現場のたたき上げの刑事で、どちらかというと親分肌で破天荒な人柄だ。

「ID屋って本当にいるのか?俺は、長い間、帳場まわりの刑事だったから、サイバーの難しいことは分からなけれど、もしもID屋がいるのであれば、悪い奴は元から絶たなければダメだ。ID屋を探せ!」
トップダウンの至上命令だった。

2.プレッシャー

サイバー空間には、様々な犯罪者が暗躍している。なかでも、ID屋の警戒心は、アダルトビデオや児童ポルノなどの密売人の比ではない。ID屋の客は、一般人ではなく犯罪者なのだ。ID屋と接触を図るには、その道のマニアしか知らないようなアングラサイトに深く潜入する必要がある。少しでも怪しまれれば、すぐに逃げられてしまう。

私は毎晩遅くまで、サイバーパトロールに取り組んだ。3か月後、なんとかID屋と思われる書き込みを見つけることができた。それは、「他人になれるID売ります」というものだった。真偽を確かめるため、早速、客を装って犯人から大手オークションサイトのIDとパスワードを入手した。それは、ID:abc1234、パスワード1234というような簡単な組み合わせだった。セキュリティレベルの低い、簡単なパスワードを狙ってハッキングしたものと思われた。オークションサイトに照会した結果、私に売り渡す直前にハッキングされたIDであることが判明した。

IDの名義人に連絡をとり確認したところ、自分のIDが売買されていることに驚きを隠せない様子だった。いつ自分が犯罪者の汚名を着せられるか分からない。被害者も捜査への全面的な協力を約束してくれた。
「よし、やっとID屋を見つけたぞ!」
報告のため、意気揚々と室長のもとに急いだ。

3.意外な叱責

上司からの叱責を受けているイメージ図

室長は私の報告を黙って聞いていたが、やがて重い口を開いた。

「君はサイバー部門が長いらしいが捜査はまったく素人だな。土俵際に立つな!歩留まりのない捜査なんて、全然ダメなんだよ。」
思いがけない上司の剣幕に、私はその意味が理解できないまま、すごすごと引き下がるしかなかった。なぜだ?犯人が他人のIDを密売しているのは確実だ。現に被害者からも調書がとれているではないか。どこがダメなのか?
捜査資料を目の前に悶々としていると、珍しく先輩が声をかけて来た。

「室長がお前のこと褒めていたよ。『ID屋を探せ』と言ったら、ちゃんと探してくるんだなって。」
「本当ですか?さっき、室長にコテンパンに叱られたのですが…。なんか、土俵際とか歩留まりとか、私にはさっぱり意味が分かりません。」
「え?お前、室長のこと知らないのか?」

先輩は、室長が若い頃のことを話してくれた。室長は、強行犯担当の刑事で、これまでに難しい事件をいくつも解決してきた。しかし、ある事件で殺人犯をあと一歩のところまで追い詰めながら、それを察知した犯人が自らの命を絶ってしまった。自殺は最大の証拠隠滅だ。真相は闇に葬られてしまった。それ以来、万一の事態に備えがない事件捜査には、絶対にゴーサインを出さないというのだった。

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