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第3話 「イオンエンジンが起こした奇跡」イオンエンジン開発担当 NEC 堀内 康男

運用チームはジョーカーをバトンする

取材・執筆文 松浦 晋也

  • Q:「はやぶさ」のイオンエンジンは、惑星間空間で累積4万時間の運転を達成しました。もちろん世界最長ですね。
  • 堀内:でも、打ち上げ当初は24時間の連続運転ができずに苦労しました。1日8時間程度の運用時間の間にエンジンの動作状態を調整して、動作させたままで運用を終えて翌日の運用時間を迎えるのですが、その間に安全装置が作動してエンジンが停止しているといったことが毎日続きました。

写真イオンエンジンの試験の様子

  • Q:なぜそうなったんでしょうか。
  • 内:「はやぶさ」の内部に希薄な気体が残っていたと推定しています。放電が起きると安全装置が働いてイオンエンジンは停止します。ご家庭で電気を使いすぎるとブレーカーが落ちるのと同じです。もちろん希薄気体の影響は最初から考慮していたのですが、予想以 上に表面からの気体放出が続いていたんです。イオンエンジンが途中で止まってしまうと、だんだん加速が足りなくなります。軌道担当者からは「はやく連続運転が出来るようにならないと、予定の軌道に入れない。イトカワにたどりつけないぞ」とせっつかれます。イオンエンジンの連続運転に、ミッションの成否がかかっていました。
    運用終了から翌日の運用開始までの連続運転に初めて成功したのは、打ち上げ後6週間も経ってからでした。思わず國中先生と握手をしてしまいました。今でもこの時が一番うれしかった瞬間ですね。

    「はやぶさ」は、トランプのばば抜きみたいなミッションです。色々な要素がつながっていて、いつもどこかがジョーカーを持っている。ジョーカーが気まぐれでトラブルを起こせば帰ってこれなくなるわけです。行きにジョーカーを持っていたのはいつもイオンエンジンでした。
    2005年9月にイトカワに到着した時には、東急ハンズに行って大きなトランプのジョーカーを買ってきました。それに「往路完走」と書いて、次のタッチダウンの関係者に渡しました。
    帰路に入って、ジョーカーはまた自分たちイオンエンジンのチームに帰ってきました。長かったですが、それもほぼ終わりです。ジョーカーは最後の再突入カプセルを担当するチームにバトンタッチされます。

    私は打ち上げ一周年のパーティで、川口先生に「「はやぶさ」は運の強い探査機ですね」と言った覚えがあります。いまやそれどころじゃないですね。本当に強運としか言いようがないですね。
  • Q:今はイオンエンジンのビジネス化を担当しているそうですね。
  • 堀内:用途のひとつは静止衛星の軌道制御用です。静止衛星は放置すると軌道が少しづつずれていって南北にふらふらするようになってしまうので、スラスターで軌道を修正し続けて静止軌道に留まります。南北制御といいますが、そのためにイオンエンジンを使うと、推進剤の消費量が小さいので、衛星を長期間使えるようになります。
    これまでも欧米では、商業衛星の南北制御にイオンエンジンを使った例はあったのですが、イオンエンジンの信頼性がさほど高くなく、トラブルを起こしがちでした。
  • 実証試験に用いた実物
    はやぶさ搭載品の原型モデル

    このため、今はイオンエンジンはほとんど使われていません。そんな市場に「はやぶさ」で培った高信頼性を売り物にしてマイクロ波放電方式イオンエンジンで参入しようとしています。

堀内は、「はやぶさ」が打ち上げられた後、「イオンエンジンの開発とは違うことをしたい」と考えて異動希望を出し、新技術をビジネス化する部署に異動した。しかし、そこにもイオンエンジンは追いかけてきた。惑星間空間を航行するための信頼性は、今や新たな市場を開拓するための力となっている。

学生時代から20年以上にも及ぶイオンエンジンとの付き合い――彼は打ち上げ前からひとつの秘密を持っていた。「実は、「はやぶさ」に搭載したAからDまでのエンジンに秘密の、自分だけの名前を付けていました。Aが自分、Bが妻、CとDに子供の名前を付けていたんです。そうしたら、打ち上げ直後にAの不調が判明して、『お父さんダメね』ってことになってしまった…でも、最後にAとBのクロス運転で帰ってくることができたわけで、きれいにまとまったかな、と思っています」

Bのエンジンを、Aの中和器が支える「はやぶさ」最後の旅路、ここにもチーム「はやぶさ」を支える人達の物語があった。

取材・執筆文 松浦晋也 2010年5月20日

NEC宇宙システム事業部 宇宙システム部マネージャー 萩野 慎二

NEC
宇宙事業開発戦略室
シニアマネージャー 堀内 康男

1990年入社。
入社以来イオンエンジンの開発をおこない、2009年より宇宙事業開発戦略室。現在は、小型衛星事業の推進。

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