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関西から宙(そら)へ~「はやぶさ」を継ぐもの~

「はやぶさ」に寄せる想い

さて、まず3人が共通する「はやぶさ」に寄せる想いがいっぱいつまった帰還映像から始めましょう。

「はやぶさ」帰還映像

  • 小笠原:これは10倍のズームレンズで追っかけているのですよね。
  • 飯山:

    写真:大阪市立科学館 学芸員 飯山 青海 氏大阪市立科学館
    学芸員 飯山 青海 氏

    JAXAのカプセル回収隊の撮影班の一員として、オーストラリアに行きました。流れ星をズームで撮影するというのを考えれば、その難しさはお分かりいたかと思いますが、『できるだけ寄って撮れ』という指令だったので、10倍ズームレンズではやぶさを追いました。この映像が一番ズームで撮れているという自負があります。

  • 小笠原:移動の早いカプセルを追うのは、本当に大変だったと思いますが、実際に撮ってみていかがでしたか?
  • 飯山:カメラを振っていて、途中で足を踏み替えています。その時、背景の星が止まるシーンがあります。ところが、カプセルのほうがその時失速し、待ってくれたのです。最初は物凄いスピードで飛んでくるのですが、最後はゆっくりで、足を踏み替えるその寸前くらいにたまたま失速したんです。
  • 小笠原:撮影にあたって、事前に練習をしたのでしょうか?
  • 飯山:このカメラを借りた五藤光学研究所のプラネタリウムに行き、想定速度をシミュレーションし、レーザーポインターを使って練習したんですよ。また、現地ではカメラの「素振り」の練習もしてました。
  • 小笠原:素振りまでしたんですか!すごいですね。この映像はそうした練習の賜なのですね。このカメラ、実はNECのカメラ技術が使われているんですよ。

図版:スーパー超高感度カラーテレビカメラ NC-R550a

スーパー超高感度カラーテレビカメラ NC-R550a

  • 小笠原:ところで、帰還の時には素晴らしいカメラマンだった飯山さんは、普段はどんなお仕事をされているのですか?
  • 飯山:普段は中之島にある大阪市立科学館の学芸員として解説の仕事をしてます。科学館や博物館には専門家である学芸員がいます。大阪市立科学館の学芸員11人のうち、私は天文の中の太陽系、特に固体惑星や小天体を担当しています。

    「はやぶさ」が帰ってきて、2010年9月に近鉄百貨店阿倍野店で西日本で始めてカプセルを展示しました。また、2009年から科学館で上映した「HAYABUSA - BACK TO THE EARTH -」という全天周ドーム映像の制作段階から総合プロデューサとして関わってきました。この作品は映像の中に自分が入るというコンセプトでつくられたものです。ドームの中では、その空間の中に自分がいるような臨場感が得られます。
  • 小笠原:私はいろいろなところで「はやぶさ」の地球スイングバイを説明していますが、100回説明しても分かってもらえません。(笑い)でも、この映像を見た人は、本当に地球の側を通って加速していく、しかもこんなに狭い回廊のようなところを通らないと、スイングバイはうまくいかないということが解ってもらえるんです。初めてでしたね、スイングバイが解ってもらえる映像は。

図版:2004年地球スイングバイ、一路「ITOKAWA」へ

  • 飯山:スイングバイで「はやぶさ」が加速していくのですが、その様子をドームで見ると、自分の席が吸いこまれていくような緊張感があります。
    「はやぶさ」がイトカワ降りるところ、タッチダウンのシーンも、まるで自分の目の前に降りてくるような感じになります。

    この映像コンセプトは「はやぶさ」といっしょにイトカワにタッチダウンして一緒に旅をするということです。実際に「はやぶさ」を間近に見ることはありえませんが、それをドームの中で仮想的に再現しようということで、このドーム映像をつくりました。

    おかげさまで、3年のロングラン公演が続き、科学館だけで10万人の人に見ていただきました。そして、たくさんの賞もいただきました。

    もう一人、全国に「はやぶさ」を広めた立て役者がいらっしゃいます。
  • 秋山:

    写真:和歌山大学 特任教授 秋山 演亮 氏和歌山大学
    特任教授 秋山 演亮 氏

    それが「はやぶさ」のイラストをたくさん描いた和歌山県出身のスペースアートクリエーター池下 章裕さんです。最近では和歌山県の文化奨励賞や和歌山市の文化功労章をいただいて非常に有名になりましたが、実は私が最初に彼に画像を依頼したんですよ。

    2001年、「はやぶさ2」のミッション計画を立てる時に、どうも何か物足りませんでした。その時に御自身のホームページにNASAの探査機のイラストをいっぱい描いていた池下さんを見つけました。早速彼に「日本の探査機は描かないのですか?」とメールを送ったところ、「自国の探査機を描きたいが情報がない」とのこと。そこで、情報をたくさん出すと、素晴らしいイラストが送られてきて、一同びっくり。それ以降、池下さんの精細なイラストは多くのマスコミや出版物に取り上げられるようになりました。「はやぶさ」もこのイラストのおかげで、多くの方に具体的にイメージしてもらうことができたと思います。

写真:スペースアートクリエイター 池下 章裕 氏スペースアートクリエイター
池下 章裕 氏

図版:はやぶさのカプセル放出を描いた池下氏のイラストはやぶさのカプセル放出を描いた池下氏のイラスト

  • 小笠原:

    写真:NEC 宇宙システム事業部 エキスパートエンジニア 小笠原 雅弘NEC
    宇宙システム事業部
    エキスパートエンジニア
    小笠原 雅弘

    私のテーブルにリポビタンDの空きビンが1本あります、夏バテしていたので飲んでしまいましたが、次の写真を見てください。ここにも空きビンが2本あります。これは2005年11月25日夜の「はやぶさ」管制室の写真です。翌朝、タッチダウンを控えたデスクの上です。長い長い十数時間に及ぶ運用作業が進んでいきます。結構疲れてきたので、担当者たちがこれを飲んでいたのですね。

    ところが、これが翌日にどうなったか。翌朝になると、空き瓶が10本に増えています。まさに戦いが済んだ時の映像がこれです。

図版:なぜ、リポビタンDがあるの?

  • 小笠原:この日、なんとこの空きビンが増えていく様子をずっとブログで発信し続けた人がいます。当時は「リポDは「はやぶさ」の公式飲料か!?」と多くの人のブログにも書かれました。「はやぶさ」には、こうした人間くさい裏話がたくさんあるからこそ、多くの人の共感をよんだのかもしません。

    「はやぶさ」が向かったイトカワは、ラッコの形をしていて、お腹に相当する辺りに「はやぶさ」は降りました。イトカワの大きさは540m、大阪で言えば、出来たばかりの近鉄阿倍野ビル(ハルカス)が高さ300mですから、これより二回りくらい大きいのです。

図版:「はやぶさ」が向かったイトカワは


  • 小笠原:「はやぶさ」がイトカワから地球に帰ってきたのが2010年6月13日。イトカワの粒子を何千個と持って帰ってきました。

    ここで、世界の月・惑星探査機において、人類が達成した星取り表を見てもらいます。月は1969年にアポロの宇宙飛行士たちがサンプルを持って有人で往復をしました。火星や金星、土星の衛星は着陸まではしていますが、サンプルは持ってきていません。「はやぶさ」だけが、唯一小惑星イトカワからサンプルを持って帰ってきたということで、ギネスブックにも認定されました。

図版:世界の月・惑星探査 2012年4月現在

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