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数々の「世界初」宇宙へ ~NECの挑戦~

技術の粋「はやぶさ」に搭載

小惑星「イトカワ」と地球の間を約7年かけて往復し、2010年6月13日に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。NECは探査機の設計、製作、試験を担当し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)を運用面からも支えた。

小惑星との往復は米国やロシアも成し遂げたことのない世界初の快挙。宇宙開発史に残る偉業の裏には、日本初の人工衛星「おおすみ」の開発以来、着実に実績を積み重ねてきたNEC技術陣の豊富な知識と経験があった。

計画聞き身震い

写真プロジェクトマネージャ 萩野慎二

「本当にこんなことができるのか」

計画がスタートした十数年前、後にNEC側でのまとめ役となる現宇宙システム事業部マネージャの萩野慎二は、当時の文部省「宇宙科学研究所」から話を聞き、思わず身震いした。

「小惑星からサンプルを持ち帰る」という世界初の挑戦。当時の感覚では夢物語に近かったが、それだけに技術者としての血が騒いだ。萩野は「きちっと取り組めば必ず結果はついてくると思った」と振り返る。

日本の宇宙開発はJAXAが主導するが、探査機や衛星、ロケットなどの製造は主に国内メーカーが担当する。NECは1970年以来、数多くの人工衛星や探査機を開発。困難が予想されたはやぶさで宇宙研のパートナーに選ばれたのも信頼感の表れだ。

開発で苦労したのは機体の軽量化だ。多くの観測装置やサンプル回収用のカプセルなどが搭載されたはやぶさだが、許された重量は燃料込みで約500キログラム。

萩野は「製造・組立におけるベテランの知恵と経験があったからこそ、品質を保ちながら範囲内の重量に収められた」と力を込める。

チームワークで

写真現代の名工 飯吉政春

写真組立名人 西根成悦

数々の構成要素のうち、機体の神経として電力や信号を伝える電気ケーブルは軽くて耐久性のあるアルミ素材とし、銀でコーティングする特別な線材を採用した。そのため、電機ケーブル(ワイヤーハーネス)の製造や衛星への取り付けが、従来の衛星と比較し、非常に大変だった。

取り付けを担当したのが熟練技術者の飯吉政春だ。後に政府から「現代の名工」に選ばれる名人芸で機体に取り付けられたケーブルは、最後まで運用を支え続けた。

また、機体の完成にはNECの専門家が総力を結集した。衛星組み立てのスペシャリストでイオンエンジンも担当した西根成悦は「軽量化を目指したためにいろいろな困難があったが、チームワークで乗り越えた。うまく組めたかどうか、心配だった」と振り返る。はやぶさは、組み立てやすさと引き換えに軽量化を最優先した設計だったが、結果は完璧だった。

写真:JAXA「はやぶさ」はNEC技術者らの手で、慎重かつ正確に組み立てられた

困難を乗り越えて

写真3Dマップ制作 丸家誠

打ち上げは2003年。約3億キロ離れたイトカワへ到着した2005年秋には地表に2回着陸し、サンプル採取に挑んだが、着陸地点の決定でもNECの技術が一役買った。

丸家誠はNASAや大学の研究者と協力し、カメラやセンサーなどで取得した地形データを元にイトカワの3Dマップを作成。「着陸に適した場所はほとんどなく、平らな場所を発見できたのは非常にラッキーだった」とほほえむ。

画像:イトカワの3Dマップ出展:AIAA Guidance, Navigation, and Control, Conference 2006

着陸後、帰還の途についたはやぶさは度重なる困難に見舞われた。特に同年12月から約7週間にわたり、通信が途絶。回復後も運用の正常化に長期間を要し、帰還は約3年間延期された。NECの技術者もJAXAの管制室(神奈川県相模原市)で困難な運用を続けた。

写真軌道計画 松岡正敏

写真システムマネージャ 大島武

軌道計画を担当した松岡正敏は、はやぶさと地球の位置関係やイオンエンジンの調子などを考慮に入れ、エンジンの噴射時間や方向などを連日計画し続けた。

3年もの飛行延長でイオンエンジンの寿命が近づくなか、「毎日、エンジンのご機嫌を伺う日々で最後は本当に大変だった」と苦笑いする。それでも続けられたのは、宇宙のプロとしての矜恃があったからだ。

はやぶさは2010年年6月13日夜、イトカワの試料回収用カプセルを分離。豪州の砂漠で回収されたカプセルはJAXA相模原で開封、見つかった多数の微粒子は現在も分析が続く。

はやぶさのシステム全体のとりまとめや運用管制を担当した大島武はカプセルの分離を管制室で見届けた。「これまでの幾多のトラブルの克服などを思いだし、分離の瞬間は思わず拍手した。この計画に参加できて本当に良かった」

2010年5月21日に打ち上げられた日本初の金星探査機「あかつき」のNEC側プロジェクトマネージャを務める大島。はやぶさの経験は確実に次へと受け継がれている。

はやぶさが残したもの

カプセル分離後、はやぶさの本体は大気圏に再突入して燃え尽きたが、NECに残したものはとても大きい。

40年前のおおすみ以来、多くの国産衛星を手がけてきたNEC。近年では月面のハイビジョン映像で記憶に残る月周回衛星「かぐや」も担当した。国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の通信制御装置や、船外装置の運搬に使うロボットアームなどを製造している。

そのNECが現在開発中なのが、人工衛星の機体の基礎となり、太陽電池や通信機器などを共通化した標準バス「NEXTAR(ネクスター)」だ。

画像:NEXTARNECが開発中の標準バス「NEXTAR」

各衛星は用途に応じ、センサーなどのオプションをネクスターに付け加えて打ち上げる。ネクスターで機体の信頼性向上や低価格化などにつなげ、今後拡大が見込まれる商用衛星の世界市場へ乗り出す戦略だ。

人工衛星は一度打ち上げると修理は不可能。高い信頼性が求められ、特に実績が重視される。約7年間の飛行を乗り越え、世界初の偉業を達成したはやぶさは世界にNECの実力を示した。宇宙事業に追い風となることは間違いなく、既にイオンエンジンの受注に向けた好感触もある。

萩野は「私たちは、はやぶさの設計や製造、運用を通じて、今までになかったものを新たに学んだ。何よりも、未体験の領域へ挑み、やり遂げた人間が最高の財産だ」と誇りに満ちた表情を見せる。

写真:ターゲットマーカ (C)JAXA

ヒントは「お手玉」

イトカワに着陸するときの目標として投下したターゲットマーカ(写真)は、技術者の母親が、古い着物で作った「お手玉」。これなら微小重力下でもはねないかもしれない。試作と実験の結果、この形状のマーカが出来上がった。

  • 産経新聞「特報版」(平成22年8月3日発行)に一部加筆修正をしています。
  • 原稿は平成22年8月3日現在の内容です。

(2011年4月1日)

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