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NEC特別対談 東京2020に向け考える 「パラスポーツの未来」 NEC特別対談 東京2020に向け考える 「パラスポーツの未来」

上原大祐 NEC 東京オリンピック・パラリンピック推進本部 東京2020推進室 障がい攻略エキスパート 上原大祐
京谷和幸 車椅子バスケットボール男子日本代表 アシスタントコーチ 車椅子バスケットボール男子日本代表 U-23ヘッドコーチ 京谷和幸

車いすテニスの世界選手権「NECマスターズ」と世界ツアーを20年以上にわたって支援するなど、NECはパラスポーツの普及をはじめ、障がい者の社会参加や理解促進活動を行っている。
同社社員でパラリンピック銀メダリスト上原大祐さんと、元車椅子バスケットボール日本代表の京谷和幸さんが、パラスポーツの課題や将来について語り合った。

2020年以降を見据え選手の意識を高める

2020年はゴールではなくスタート

上原大祐

上原大祐 氏(うえはら だいすけ)

NEC 東京オリンピック・パラリンピック推進本部
東京2020推進室 
障がい攻略エキスパート

上原氏(以下、敬称略)東京2020パラリンピック競技大会開催に向けてパラスポーツが抱える課題は多々あります。京谷さんが考える一番の課題は何でしょうか。

京谷氏(以下、敬称略)今、スポンサーやアスリートの雇用が増えるなど、パラスポーツの環境は急激に変化しています。ただ、それは2020年で終わるかもしれない。20年以降につなげるには結果が大切。選手みんながそうした意識を持ち、高めることが一番の課題だと思います。

上原おっしゃる通り世の中では、2020年がゴール、と思われているように感じますね。でも私はそこがスタートだと思います。2020年に向け、企業に期待したいこともありますよね。

京谷2020年ではなく、21年以降に期待しています。パラリンピックをきっかけにして障がい者の雇用の幅をさらに広げてほしいですね。

上原私は昨年10月からNECに入社して顔認証など先進的なICTを活用したユニバーサル社会の実現に関わっています。普段、街に出て不便に思うことはありますか。

京谷私はあまり感じませんが、重度の障がいを持つ人の目線で考えるとトイレや駐車場などが狭い。特に海外から帰ってくるとそう感じてしまいますね。

上原確かに日本ではドアに車椅子が引っかかって入れないトイレがまだ多いですよね。

京谷それとカナダ遠征でトレーニングセンターに行ったら、障がい者と健常者が同じ施設を一緒に使っていたんです。日本でも身近にそうした環境ができると共生社会につながると思います。

上原私もアメリカにいるときに空いているリンクを探して「集まろう」と声をかけたら、スタンディングもスレッジも知らない人が集まって一緒にホッケーをしていました。でも日本ではなかなかできない。車椅子や障がい者が来ると危ないと思われてしまいますからね。

京谷普段から障がい者に接する機会が少なすぎると思う。学校も分かれているし。でも海外は全部一緒だから、そもそものスタートラインが違う。変えていくには保護者の理解も必要になると思います。子どもの頃から障がい者と健常者が一緒にいるのが当たり前になるといいんですけどね。

上原保護者の問題は二つあると思います。一つは障がい児の保護者が「うちの子にはできない」と決めてしまってチャンスを与えないこと。もう一つは、私もそうでしたが車椅子の人が普通学級に通うと、周りの保護者が「何で車椅子の子がいるんだ」と言ってくること。保護者に意識を変えてもらうことも必要ですね。

子どもと親が一緒に夢を持ち歩んでほしい

パラアスリートが引退後も活躍できる社会に パラアスリートが引退後も活躍できる社会に

京谷 和幸

京谷 和幸 氏(きょうや かずゆき)

車椅子バスケットボール男子日本代表 アシスタントコーチ
車椅子バスケットボール男子日本代表 U-23ヘッドコーチ

上原パラスポーツ普及のために私たちパラリンピアンとしてできることもあると思いますが。

京谷特別支援学校を回るといいと思います。特別支援学校の生徒にも自分自身の可能性を知ってもらいたい。実際に行くとすごく喜んでくれるし、競技用の車椅子に乗るだけで子どもたちの顔つきは変わるから。そこで健常者と一緒にプレーすれば、特別支援学校の子どもとの交流にもなる。そういう機会が増えればどんどん変わってくると思いますよ。

上原以前、特別支援学校に行ったときに、普段、簡易電動の車椅子を使っている高1の生徒を競技用に乗せたら普通にこぎだした。それを見た母親が「うちの子こげるんだ」って。先生も知らない。子どもたちが挑戦できる場を与えられていないということですよね。

京谷本当に子どもたちはすごい可能性を持っているのに、親がその可能性を消しているケースはありますね。

上原最近は会場に来てもらう体験会が多いですが、それだと一定の人しか来られない。挑戦する場をつくる意味でも我々が行って教えるのがいいと思います。ただ、今は「失敗したらいけない」という風潮がありますね。

京谷ようは考え方。挑戦をして失敗に気づくのは成功だと思う。失敗とどう向き合うか、そこから成長につながることを理解できれば挑戦できるはずです。

上原子どもたちにはどのように伝えますか。

京谷失敗は成長のもと。成功ではなく、成長するために必要なもの。失敗を重ねることで成功も大きくなる、と。

上原私も子どもたちには、成功も失敗もチャレンジした証拠、という話をしています。失敗しても「ナイスチャレンジ」と言いましょう、って。では最後に、東京2020大会開催に期待することを教えてください。

京谷もっとパラスポーツの価値が高まってほしい。パラリンピックの選手も引退後に違う業界で活躍できるようになることを期待したいです。あとは競技を見た子どもたちに夢を持ってもらいたい。夢を持つのは楽しいことだと知ってほしいですね。

上原障がいを持つ子の保護者にも一緒に夢を持ってほしいですね。子どもが出場する舞台に行きたい、一緒に夢を追いたい、でもいいですし。周りの人も一緒に夢を持って歩んでいけたらうれしいですね。

上原大祐
上原大祐さん

上原大祐さん

NEC 東京オリンピック・パラリンピック推進本部 東京2020推進室
障がい攻略エキスパート

うえはら・だいすけ/1981年、長野県生まれ。生まれながら障がいを持ち、19歳からアイススレッジホッケーに本格的に取り組み始める。2006年のトリノ大会で日本代表に選出。2010年のバンクーバー大会で銀メダルを獲得。引退後NPO法人「D-SHiPS32」を立ち上げ、障がいを持つ子どものサポートや、障がい者向け商品のアドバイザーなどの活動を行う。2016年10月から現職。

京谷 和幸
京谷和幸さん

京谷和幸さん

車椅子バスケットボール男子日本代表アシスタントコーチ
車椅子バスケットボール男子日本代表U-23ヘッドコーチ

きょうや・かずゆき/1971年、北海道生まれ。小学校2年からサッカーを始める。ジェフ市原とプロ契約するも、1993年Jリーグ開幕の半年後に交通事故で脊髄損傷、車椅子生活となる。その後、車椅子バスケットボールを始め、2000年のシドニー大会から2012年ロンドン大会まで4大会連続出場。現在は車椅子バスケットボール男子日本代表アシスタントコーチ、城西国際大学サッカー部外部コーチなど幅広く活躍している。