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イベントレポート 東京2020大会 1000 Days to Go! 『さぁ、集まろうぜ。』

2017年11月9日(木)・10日(金)に、東京国際フォーラムで開催された「C&Cユーザフォーラム&iEXPO2017」。その会場内で、東京2020大会 1000 Days to Go!「集まろうぜ。」のイベントを開催しました。

本イベントは、3年後の東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会をみんなで盛り上げていこう!という目的のもと、東京2020大会「1000日前キャンペーン」の一環として、東京2020組織委員会様とNECとの共同で実施。オリンピックやパラリンピックに出場した一流アスリートによるトークショー、パラリンピックスポーツであるアイスホッケーやテニス、バスケット、サッカーなどのさまざまなスポーツ用具が展示されたほか、パラリンピックスポーツの正式種目であるボッチャのトライアル体験も開催しました。

選手と委員の立場から、
東京2020で大きな感動を。

トランポリン選手
東京オリンピック・パラリンピック
競技大会組織委員会
アスリート委員会 委員
上山 容弘氏
  • 初めに、トランポリン競技について、わかりやすく教えてください。

    上山氏:お集まりいただいた皆さんの中には、子どもの頃に遊園地などでトランポリンを体験したという方もいらっしゃると思います。ですが、そうしたトランポリンと競技では、大きな違いがあります。

    トランポリン競技は、高さ約1.2mのトランポリン上で行い、何度かの予備跳躍を行った後、連続10回の技を行って、得点を競うスポーツです。一流の選手は、トランポリンの弾性を利用して地上約7mの高さまでジャンプして技を行いますが、未経験の方でしたら運動能力が高くても、1~1.5mの高さまでジャンプできるのが限界だと思います。

  • トランポリン競技ならではの、
    特長とは何でしょうか。

    上山氏:トランポリン競技は、安全ベルトなどの支えのない状態で、自分の身体1つで高く飛び上がるという点が大きな特長です。そのため、空中や着地でバランスを取ることが特に重要だと言えます。

    ●トークショーの合間には、ワイヤレスマイクをつけた上山氏が自らハンディカメラを手にして、実際の演技を行いながら捻りの技を解説。世界最高水準のアスリートならではの圧倒的な高さと高度なパフォーマンスは、集まった多くの人を魅了しました。

    《ひと口知識》トランポリン競技の採点
    トランポリン競技は、技の美しさや正確さを判定する「演技点」、技の難しさを評価する「難度点」、ジャンプの高さを評価する「高さ点」という、3つの要素で採点が行われます。「演技点」では、回転力を制御していい位置で技を行っているか、技の姿勢やジャンプの位置などが、評価されます。「難度点」は、宙返りと捻りの回数が多い方が高得点。「高さ点」は、演技中の滞空時間のみを機械で測定し、その秒数を点数として加算します。これら3つの要素の合計得点で成績が決まります。
  • 実際の演技を目の当たりにすると、
    すごい迫力を感じますね。

    上山氏:一見すると、ゆったりと優雅に飛んでいるように見えますが、いま僕の息が乱れているように、実はトランポリンはかなりハードなスポーツです。トランポリンの演技を10回1セット行った後の疲労感は、300mの距離を全力疾走するのと同じだと言われています。また、トランポリンに着床した時は、体重の10~12倍くらいの負荷がかかります。そのため太腿の筋肉強化をはじめ、腹筋や背筋などの体幹トレーニングが、とても重要になります。

  • 未経験者がトランポリンを始める時、どんなことがポイントですか。

    上山氏:「それは、安定した飛び方でしょう」と思う方が多いかもしれませんが、私たちが、トランポリンをはじめる方にまず指導するのが、止まり方です。バランスが取りにくいトランポリンでは、落下などによるケガの危険性があります。こうした危機回避のため、まず止まり方を習得する必要があります。

  • 最後に東京2020に向けた、
    上山さんの思いをお聞かせください。

    上山氏:現在、私は企業に在籍しながらアスリートとして競技生活を続けています。同時に、組織委員会のアスリート委員としての活動も行っています。選手として、また委員として2つの立場で競技の内外から、東京2020に向けてアプローチできることに、大きなやりがいと喜びを感じています。

    東京2020では、選手として舞台に立ちたい。また、東京2020を通じて、世界の人々へ感動をお届けしたい。そんな思いを胸に、残り1000日近くを精一杯励んでいきたいと思っています。選手と委員としてさまざまな活動を行うことで、より多くの人々がトランポリンに対する興味や関心を持ち、トランポリンのさらなる普及につながっていけばうれしいです。今後も、トランポリンへの理解や支援、上山への応援をよろしくお願いします。

上山 容弘氏公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
アスリート委員
1984年大阪府生まれ。3歳からトランポリンを始める。2005年の世界選手権で日本人初のメダルとなる銀メダルを獲得。ロンドン2012オリンピックでは5位入賞と活躍。2016年2月に現役を引退。同年12月に現役復帰。2017年7月に株式会社ベンチャーバンクに入社。仕事と競技を両立し、東京2020への出場を目指す。

金メダルと教師。
2つの夢に向かって。

アトランタ1996パラリンピック
50m自由形B1、100m自由形B1 金メダリスト
東京オリンピック・パラリンピック
競技大会組織委員会
アスリート委員副委員長
河合 純一氏
  • 初めに、パラリンピック水泳を
    目指すきっかけを教えてください。

    河合氏:私は、5歳から水泳を始めましたが幼少期はパラリンピックを目指すなどという大きな夢は持っていませんでした。15歳の時全盲となり、高校は東京の盲学校に進学した私は、障がい者のスポーツ大会に出場するようになり、次第に世界を意識するようになりました。

  • それでは、金メダルを意識するように
    なったのは、いつからですか。

    河合氏:私が初めてパラリンピックに出場したのが、1992年のバルセロナ1992パラリンピックで17歳の時でした。その大会で獲得したのは銀メダルと銅メダルで、金メダルには手が届きませんでした。表彰台に登れたうれしさはありましたが、流れてくる違う国の国歌を耳にした時、悔しい思いが沸き起こってきました。その時に、「次こそは金メダル」という明確な目標が浮かんだのです。また大会終了後に行われた交流会で、柔道で金メダルを獲得した先輩から、「スポーツの世界は、金を取ってなんぼだぞ」と言われた時に感じた悔しさも、奮起する大きなきっかけとなりました。

    次のアトランタ1996パラリンピックに向け
    て、どんな日々を過ごしたのでしょうか。

    河合氏:4年後のアトランタ1996パラリンピックで金メダルを取りたいという目標は確かにありましたが、その先を見つめることも必要でした。プロスポーツ選手になるなど、当時は考えられませんでしたから、将来に向けた進路も見据えなくてはなりませんでした。そこで小学生時代からの夢だった教師になるため、入試を受けて大学に入学。入学後は、水泳だけでなく勉強にもかなり力を入れるなど、金メダリストと教師という2つの夢を追いかける日々を過ごしていました。その結果、大学3年で出場したアトランタ1996パラリンピックでは、夢の1つである金メダルを獲得することができました。

  • 6大会に出場した河合さんにとって
    パラリンピックは、どんな大会なのでしょうか。

    河合氏:障がいを持つスポーツ選手にとって、パラリンピックは世界最高峰であり最大のイベントです。人によって障がいの種類はさまざまですが、できないことを乗り越えて自分自身にとって最高のパフォーマンスを発揮するパラリンピックは、人の可能性を見いだす祭典であるとも言えます。東京2020パラリンピックでは、世界170近くの国から、22競技に約4,400人が参加して537の金メダルを競う予定になっています。スポーツを通して人の可能性を広げ、多くの人に感動を届けるという点においては、オリンピックもパラリンピックも変わりません。

  • 3年後の東京2020パラリンピックを盛り上げるために、人々に期待することは何ですか。

    河合氏:パラリンピックスポーツを知り、理解するため、多くの人たちに次のアクションを起こしていただきたいですね。たとえば本日、競技用車いすが展示されていますが、それを見るだけでなく実際に座ってみる。体験スペースに用意されたパラリンピックスポーツを自分でやってみるというのもその1つです。そこにはいままで知らなかった発見があるはずです。

    そして、今日の講演や体験で知ったことをご家族に話す。これも、立派なアクションと言えます。さらに、全国各地で開催されているさまざまなパラリンピックスポーツの競技会場に足を運んでくだされば、ライブな臨場感の中で新しい気づきも生まれます。こうしたアクションをつなげていくことで、パラリンピックスポーツに対する理解が広がっていくと思います。

  • パラリンピック水泳の競技者であった河合さんにとって、夢をかなえる力とは何ですか。

    河合氏:私の夢はパラリンピックで金メダルを取ること。そして教師になることでした。思い返してみると夢を実現する過程には、さまざまな葛藤や努力もありました。たとえば水泳では10,000m以上の練習や筋力トレーニングを日々行わなければなりません。面倒だと思うこともありますが、夢をかなえるため目標に向かって強い意志を持ち続けることが、重要だと思います。また、自分と一緒に夢を追いかけてくれる仲間の存在も大きな力になりました。

    大きな夢を持って懸命に努力したからといって、すべての人が夢をかなえられるわけではありません。最終的には夢に手が届かなくても、スポーツをする喜びや努力による自身の成長、そして仲間とのつながりは、誰にとっても大きな財産になるはずです。そのためにも、分け隔てなく多くの人がスポーツの楽しさを共有できる環境づくり、いろんな人たちの個性を活かしあう共生社会の実現を目指していくことが重要だと思います。

  • アスリート委員副委員長として、
    今後の日本代表選手育成について、
    どのようにお考えですか。

    河合氏:現在、パラリンピックスポーツの日本代表選手の平均年齢が高く、若手育成というのは今後の重要な課題です。そうしたパラリンピックの若手選手育成における難しさの1つが、現在の教育現場にあると考えられます。最近では、障がいがある児童が一般の学校に入学して学ぶ傾向が増えています。こうした学校では、障がいを持つ児童に対して体育や部活などの運動を指導できる教師が少ないというのが現状です。

  • 最後に、1000日を切った東京2020に向けて、思いを聞かせてください。

    河合氏:東京2020の開催に向けて、現在1000日を切ったいま、選手のさらなる能力強化など、やるべきことはたくさんあります。来たる 東京2020で、パラリンピックの選手たちが好成績を上げれば、その話題がメディアにも取り上げられます。それによって、さらにパラリンピックスポーツへの理解が深まり、普及が広がるという相乗効果が生まれます。そのためにも、残された日々は限られていますが、選手をはじめ関係者の方たちにはぜひ頑張って欲しいです。

河合 純一氏公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
アスリート委員会 副委員長
1975年静岡県生まれ。5歳より水泳を始める。パラリンピック6大会に出場し、合計21個のメダルを獲得。日本人初のパラリンピック殿堂入りを果たす。また、早稲田大学卒業後、全盲では全国で初めて公立中学校社会科教師として着任し、水泳部を指導。現在は、パラリンピックスポーツ推進活動だけでなく、夢や目標を持つこと大切さや多様性、国際交流についての講演など多方面で活躍中。

誰もが安全・安心に、
感動を分かちあえる祭典を。
そこで生まれる成果を、
未来のレガシーへ。~東京2020大会に向けたNECの取り組み~

NEC 東京オリンピック・パラリンピック推進本部
集まろうぜ。グループ 部長
山本 啓一朗
  • 最先端のICTが安全・安心を守る。感動を届ける。

    NECは、「パブリックセーフティ先進製品」および「ネットワーク製品」というカテゴリーにおける東京2020のゴールドパートナーとして、誰もが安全に、安心して集える大会を実現するため、さまざまな先進ICTによって貢献していきたいと考えています。

    大会運営におけるパブリックセーフティとして期待されているのが、NECの生体認証技術です。NECの動画顔認証技術は、米国政府機関主催のベンチマークテストの評価で4回連続世界第1位に輝いています。この技術は、昨年のリオデジャネイロ2016オリンピック・パラリンピックにおいて、 TOKYO 2020 JAPAN HOUSEの記者会見場でのメディア関係者の入場管理を行う「ウォークスルー顔認証システム」として、実証的な取り組みを行いました。

    最速照合と最高精度によって立ち止まることなく、一瞬で本人確認を行うウォークスルー顔認証システムは、スタジアムでのスムーズな入場管理や不審者のスピーディな特定などを可能にします。さらに手ぶらによる買い物決済サービスなど、より便利でより安全なおもてなしの実現にも役立ちます。

  • パブリックセーフティでは、他にも「行動検知/解析」という世界初の先進技術がNECにはあります。これはカメラ映像によって、街やスタジアムなどの群衆の混雑・滞留状況を瞬時に把握して、人々の往来や来場者のスムーズな誘導を実現します。

    東京2020では、40を超える競技場でさまざまな種目が行われます。こうした種目に合わせて、ネットワーク構成の変更が必要なのですが、種目が変わるたびに変更工事をしていては、時間も手間も、コストもかかります。そこで力を発揮するのが、ソフトウェアによって一括で柔軟なネットワーク管理を実現するSDN(Software-Defined Networking)技術です。この先進のSDN先進技術を活用すれば、さまざまな競技場で生まれる感動や興奮を、すばやくタイムリーにお届けすることができます。さらに、東京2020を機に日本を訪れる多くの海外観光客に対するサービスの強化や地域の活性化にも、NECはネットワーク技術で貢献したいと期待しています。

  • 1964年東京で開催された東京1964オリンピック競技大会では、オリンピック史上で初めて衛星放送によって世界にテレビ中継が行われました。そのテレビ中継を担当したのがNECでした。この時の中継技術は、その後国際規格となり、いまなお社会インフラとして活用されています。私たちNECは、東京2020に貢献するとともに、その先の社会に向けたレガシーとなる貢献も果たしていきたいと考えています。

  • 会社と社員が一丸となって、パラリンピックスポーツを積極的に支援

    NECは、女子バレーボールやラグビーの企業スポーツを推進するだけでなく、さまざまなスポーツの普及や振興にも積極的に取り組んでいます。また、車いすテニスにおいては20年以上にわたって支援を行ってきました。NECは、年齢、性別、国籍、障がいの有無などに関わりなく、誰もが社会の一員として安心して豊かに暮らせる共生社会の実現に向け、スポーツを通じた貢献を目指しています。

    そうした中、特に力を注いでいるのが、パラリンピックスポーツへの支援です。2015年3月に発足した「オリンピック・パラリンピック等 経済界評議会」では、90社以上の企業が参画する評議会で、NECは、「障がい者スポーツサポート」WG(ワーキンググループ)幹事会社として、メンバー企業の取りまとめや障がい者スポーツ関連団体との調整、全国の自治体との連携などに取り組んでいます。

  • 東京2020では、世界中から多くの人が集まり、新たな感動やつながりが生まれます。一方で、たくさんの人が集うことで、リスクも生まれます。NECは、ICTを活用して世界中から集まった人々が、安全・安心に感動を分かちあえる環境の実現に貢献します。さらに、東京2020で創造した新たな価値を、未来へのレガシーとして社会に幅広く役立てていきます。

会場の様子レポート

パラリンピックスポーツの用具展示のほか、実際の競技体験も。

展示コーナーでは、パラリンピックスポーツをさらに知ってもらうために、実際に使われているさまざまな用具を紹介。パラリンピックの正式種目である「ボッチャ」のトライアル体験には、多くの人が参加しました。また、来場者全員参加で東京2020音頭を踊り、会場は大いに盛り上がりました。

  • 東京2020大会 1000 Days to Go!「集まろうぜ。」会場

  • パラリンピック公式種目「ボッチャ」体験の様子

  • トランポリン上山氏 実演の様子

  • 東京2020音頭を踊る参加者たち

  • 車いすバスケットボール
    試合では選手同士が接近して、車いすがぶつかりあうため、競技用車いすは前方(床から11㎝の位置)に足を保護する「バンパー」が取りつけられている。
  • クロスカントリースキー
    シッティングカテゴリーの選手が使用する「シットスキー」は、スピードを出すために軽量化を重視した設計となっている。
  • 車いすテニス
    競技用車いすは、上半身を自由に動かせるように背もたれがなく、タイヤは車いすの回転性能を上げ、すばやくターンできるように角度がついている。
  • アイスホッケー
    スケートの刃を2枚つけた「スレッジ」と呼ばれる専用そり。全長1m以下のスティックは、ピックという尖った部分で氷を捉えて進み、反対側のブレードを使ってパスやシュートを行う。
  • 5人制サッカー
    視覚障がいの選手が参加する5人制サッカーで使用されるボール。転がると音が出る特別なボールで、全盲の選手でも位置や転がりがわかる。
  • ボッチャ
    ボッチャは、脳性麻痺や四肢に障がいがある人たちのために、ヨーロッパで考案されたスポーツ。1984年からパラリンピックの公式種目になっている。赤と青のボールを投げて、白いジャックボール(目標球)にどれだけ近づけられるかを競う競技で、近年は障がいの有無に関わらず誰でも楽しめるスポーツとして注目されている。